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EU AI Actと日本企業|8月2日から何が変わる

EU AI Actと日本企業

EU AI Actの透明性義務が、2026年8月2日から適用されます。日本国内で運用しているシステムでも、EU域内の顧客に応答を返している場合は無関係とは言い切れません。本記事では、条文で確認できる範囲だけを整理します。

先にお断りしておきます。本記事は法的助言ではありません。また条文の解釈が確定していない論点が複数あるため、そこは「確定していない」と明記しています。実際の判断は、必ず自社の法務および専門家にご確認ください。

EU AI Actは日本企業に及ぶのか

まず、適用範囲の条文から確認します。

域外適用の条文

第2条(1)は適用対象を7つ列挙しています。日本企業に関わるのは(c)です。原文は次のとおりです。

providers and deployers of AI systems that have their place of establishment or are located in a third country, where the output produced by the AI system is used in the Union

つまり第三国に所在する提供者と利用者の双方が対象です。条件は、AIシステムが生成した出力がEU域内で使用されることです。

ここで注目したいのが「deployers」も明示されている点です。自社でAIを開発していなくても、使う側として捕捉されうる構造になっています。

条文と前文で文言が違う

ただし、この条件の読み方には未確定の部分があります。

条文本体は「the output produced by the AI system **is used** in the Union」です。一方で前文22は「**intended to be used** in the Union」と書いています。前者は実際に使用されること、後者は使用が意図されていることです。

EU法では前文に法的拘束力はありません。したがって解釈の指針にとどまります。しかしどちらの基準で運用されるかは確定していません。加えて、チャットボットの応答文が条文にいう「output」に当たるかを明示した規定も見当たりません。

したがって「日本のセンターからEUの顧客に応答を返せば必ず対象になる」とも「対象にならない」とも断定できません。可能性がある前提で確認する、というのが実務的な扱いです。

2026年8月2日から適用されるEU AI Act 第50条

次に、8月2日から効いてくる義務です。第50条は透明性義務を定めています。

4つの義務と、それぞれの名宛人

ここで重要なのは、項によって義務を負う相手が違うことです。

義務者内容
50(1)provider(提供者)AIと対話していることを利用者に知らせる
50(2)provider合成した音声・画像・動画・テキストに機械可読のマーキングを付す
50(3)deployer(利用者)感情認識・生体分類システムの稼働を対象者に知らせる
50(4)deployerディープフェイクや公益に関するテキストの生成を開示する

市販のチャットボットを導入しただけの企業は、通常は deployer にあたります。つまり50(1)の義務は直接には提供側にかかります。

ただし自社名で提供する場合や、システムを実質的に改変した場合はどうか。この点は第25条の規定によりますが、本記事では条文を確認できていません。したがって「日本企業には50(1)の義務がある」と一般化するのは避けてください。

「明白な場合」の免除はあるが、頼れない

50(1)には免除規定があります。原文は次のとおりです。

unless this is obvious from the point of view of a natural person who is reasonably well-informed, observant and circumspect, taking into account the circumstances and the context of use

つまり、状況と文脈からAIだと明白な場合は告知が免除されます。

ただし何をもって「明白」とするかの基準は、条文上にありません。したがってこの免除に依存した設計は勧められません。実務的には、対話の冒頭でAIである旨を明示しておくほうが確実です。

直前に成立した改正──EU AI Actの何が変わったか

ここが多くの解説記事とずれる可能性のある部分です。2026年7月8日に改正法が採択されました。

Regulation (EU) 2026/1744、いわゆるDigital Omnibus on AIです。官報掲載は2026年7月24日、施行は公布後3日目でした。つまり成立済みであり、提案や政治合意の段階ではありません。

高リスクは延期された

この改正で、高リスクAIの義務の適用開始が後ろ倒しになりました。Annex III該当システムは2027年12月2日、製品組込み型は2028年8月2日です。

一方で、第50条の透明性義務は延期されていません。適用開始は2026年8月2日のままです。ただし機械可読マーキング(50(2))については経過措置があります。2026年8月2日より前に市場に出ていたシステムの提供者に限り、4か月の猶予が置かれました。期限は2026年12月2日です。

なお50(1)、50(3)、50(4)に猶予はありません。8月2日から即適用です。

AIリテラシー義務が弱められた

もう一つ、見落とされやすい変更があります。第4条のAIリテラシー義務です。

改正前改正後
求められること十分な水準のAIリテラシーを確保する措置AIリテラシーの発展を支援する措置
水準の保証(明示なし)特定の水準を保証することは求めない、と明記

改正後の条文には次の一文が加わりました。

This obligation does not require providers or deployers to guarantee any specific level of AI literacy of any individual.

つまり義務の性質が、結果の確保から取り組みの支援へと変わっています。研修の設計に影響する変更です。

すでに適用されている禁止規定──職場での感情推定

8月2日より前から効いている規定もあります。第5条の禁止行為です。適用開始は2025年2月2日でした。

このうちコンタクトセンターに直結するのが(1)(f)です。原文は次のとおりです。

the placing on the market, the putting into service for this specific purpose, or the use of AI systems to infer emotions of a natural person in the areas of workplace and education institutions, except where the use of the AI system is intended to be put in place or into the market for medical or safety reasons

つまり職場および教育機関において、自然人の感情を推定するAIの使用が禁じられています。例外は医療上または安全上の理由に限られます。生産性管理や品質管理は、文言上は挙げられていません。

ここで実務的に重要な区別があります。禁止されているのは「職場の領域における」感情推定です。したがってオペレーターの感情をスコアリングして評価に用いる設計は、この禁止に該当しうる領域に入ります。

一方で顧客の感情推定は、同項の禁止対象として明示されていません。ただし別の規定がかかります。Annex III 1(c)が感情認識を高リスクに列挙しており、また50(3)の告知義務も別途あります。したがって「顧客向けなら自由」とは言えません。

なお該当性には争点があります。条文本体は「to infer emotions」としか書いていません。一方で前文18は「on the basis of their biometric data」を要件として書いています。音声の音響特徴量やテキスト感情分析がこれに当たるかは、本記事では確認できていません。したがって「禁止されている」とも「対象外」とも断定できません。

EU AI Actの罰則

制裁額は違反の類型で分かれます。第99条の規定です。

違反の類型上限
第5条の禁止行為3,500万ユーロ、または全世界年間売上高の7%のいずれか高い方
第50条を含む各種義務違反1,500万ユーロ、または全世界年間売上高の3%のいずれか高い方
不正確・誤解を招く情報提供750万ユーロ、または全世界年間売上高の1%のいずれか高い方

第50条違反は99(4)(g)に明記されており、2段目にあたります。

また中小企業とスタートアップには特則があります。一般企業が「いずれか高い方」であるのに対し、こちらは定額と比率の「いずれか低い方」が上限です。なお罰則規定の適用は2025年8月2日から始まっています。

コンタクトセンターは高リスクか

結論から言えば、Annex IIIに「カスタマーサポート」「コンタクトセンター」という分野は列挙されていません。

ただし用途によっては、別の号に該当しうる構造です。

用途該当しうる号
感情認識Annex III 1(c)
オペレーターの実績・行動の監視や評価Annex III 4(b)
信用力の評価・信用スコアの算定Annex III 5(b)
公的扶助の受給資格の評価Annex III 5(a)
緊急通報の評価・分類・出動指令Annex III 5(d)

応対品質の自動スコアリングは4(b)に触れる可能性があります。ここは見落とされやすい論点です。

なおAnnex III該当が即座に高リスク確定を意味するわけではありません。第6条(3)にフィルター条項があるとされますが、本記事では条文を確認できていません。

いつ何が効くか──EU AI Actの適用時期カレンダー

日付内容
2025年2月2日第4条(AIリテラシー)、第5条(禁止行為)が適用開始
2025年8月2日汎用AIモデルの義務、第99条(罰則)が適用開始
2026年7月24日Digital Omnibus on AI(Reg. 2026/1744)が官報掲載
2026年8月2日第50条(透明性義務)が適用開始
2026年12月2日既存システムの機械可読マーキングの経過措置が満了
2027年12月2日Annex III該当の高リスクAIの義務が適用開始
2028年8月2日Annex I該当の高リスクAIの義務が適用開始

まとめ:EU AI Actは「使う側」にも及びうる

整理すると、確認すべきは3点です。

まず、EU域内の顧客に応答を返しているかどうか。次に、オペレーターの感情推定や応対の自動スコアリングを行っていないかどうか。さらに、AIであることを対話の冒頭で告げているかどうかです。

一方で、条文の解釈が確定していない論点も多く残っています。したがって本記事の内容をもって判断せず、専門家にご確認ください。特に第2条(1)(c)の適用範囲と、第5条(1)(f)の該当性は争点です。

AI活用の設計についてご相談があれば、vottiaまでお気軽にお問い合わせください

執筆:阪口 凛空(vottia株式会社 インターン)。監修:池田 龍矢(vottia株式会社 マーケティング責任者)。vottia株式会社は「maestra」を提供しています。コンタクトセンター向けのAIエージェントプラットフォームです。本記事は2026年7月27日時点で確認できた条文に基づく情報提供であり、法的助言ではありません。最終更新:2026年7月27日。

Q. よくある質問

Q1. 日本国内だけで使うならEU AI Actは無関係ですか

無関係とは言い切れません。第2条(1)(c)は、第三国に所在する提供者と利用者を、出力がEU域内で使用される場合に対象としています。したがってEU域内の顧客に応答を返している場合は確認が必要です。ただし該当性の基準は確定していないため、専門家にご相談ください。

チャットボットに「AIです」と書けば足りますか

第50条(1)の観点では方向として正しい対応です。ただし義務は項ごとに名宛人が違います。感情認識を使っている場合は50(3)、合成音声を使う場合は50(2)が別途かかります。したがって表示だけで完結するとは限りません。

Q3. いつまでに何をすべきですか

まず8月2日までに、AIであることの告知と、感情認識の有無を確認してください。次に2026年12月2日までに、合成コンテンツのマーキング対応を整理します。高リスクに該当しうる用途は2027年12月2日が期限ですが、判定に時間がかかるため早めの着手をおすすめします。

参考リンク

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