金融のAI活用は、この1年で公表事例が一気に増えました。ただし数値の読み方には注意が要ります。実績と目標、本番と検証、企業発表とベンダー発表が混在しているためです。本記事では、そこを切り分けて整理します。
掲載しているのは、出典と測定条件を確認できた事例だけです。逆に、公式発表が見つからなかった事例は載せていません。
目次
金融のAI活用は、いまどこまで来ているのか
まず全体像です。2つの公的な調査があります。
生成AIを実務で使う金融機関は約5割
日本銀行が2025年9月30日に公表した金融システムレポート別冊を見ます。対象は日銀の取引先金融機関153先です。また内訳は次のとおりでした。具体的には、大手行10、地域銀行・信用金庫116、その他27です。
この調査では、生成AIを既に利用している先が約5割でした。試行中を含めると7割強、将来的な検討先を含めると9割強になります。利用分野としては「コールセンター業務支援」など新たな領域への広がりも指摘されています。
ただし母集団に注意してください。日銀の取引先に限定された調査です。したがって国内の金融機関全体の比率とは読めません。
顧客に直接出している例は少ない
次に、金融庁の見解です。同庁は2026年3月3日にAIディスカッションペーパー第1.1版を公表しています。金融分野130社への調査を踏まえたものです。原文には次の記述があります。
コールセンター業務等の対顧客サービスに生成AIを導入済の先も相応に存在するが、ハルシネーション等のリスクを考慮して生成AIのアウトプットを顧客に直接提示することは無く、人の判断を介するユースケースが大半となっていることが確認された。
つまり導入は進んでいます。しかし顧客に直接出す設計は、まだ主流ではありません。この点が金融分野の特徴です。
銀行の実装──金融のAI活用は一部回線から始まる
実際の事例を見ると、共通するパターンがあります。全面導入ではなく、限定した範囲から始めることです。
メガバンク3行の状況
| 銀行 | 内容 | 範囲 |
|---|---|---|
| 三菱UFJ銀行 | 生成AIによる受付機能と受電内容分析を先行開始(2025年12月) | フリーダイヤルの一部 |
| みずほ銀行 | 音声対話型自動振り分け「AI-IVR」を導入(2026年1月22日) | みずほダイレクトヘルプデスクの一部顧客 |
| 三井住友銀行 | 「SMBC AIオペレーター」の提供を開始(2026年2月25日) | 本人確認不要な一般照会 |
まず三菱UFJ銀行は、2025年7月からコールセンターにアジャイル運営を導入しています。導入範囲の拡大については、今後検討する段階です。
次に三井住友銀行の事例は24時間365日対応です。加えて有人へのシームレスな転送も備えています。日本総研と日本IBMが技術面を支援しました。ただし開始後の利用件数や自動完結率は公表されていません。
セブン銀行──ノンボイス比率を7割へ
ここは数値が出ている数少ない例です。AIベンダーのカラクリは2025年1月、セブン銀行への自社AI導入の効果を発表しました。
具体的には、導入から約1年でノンボイス比率が49.9%から71.3%に変化したとしています。電話対応比率は50.1%から28.7%です。チャットボットの対応件数は6万件から26万件でした。いずれも2024年上期時点の数字です。
ただし2点の留意が必要です。まず発表主体はセブン銀行ではなく、AIを納入したカラクリです。次に、件数の集計期間の単位がリリースに明示されていません。
地方銀行の取り組み
一方で地方銀行では、用途を絞った実装が目立ちます。
まず横浜銀行です。モビルスは2025年11月、同行がローン関連5種の証明書発行申請の電話受付を自動化したと発表しました。繁忙期には月1,600件に上る受付が対象です。なお応対時間5割削減は目標として掲げられたもので、実績ではありません。
次に静岡銀行です。2024年9月、PKSHAグループとTOPPANエッジが検証結果を公表しました。行内規程類・マニュアル全34種、質問261問を対象に、ドキュメント正解率が87.3%から95.4%へ改善したという内容です。ただし2年近く前の実証であり、比較対象とされた「一般的なRAG」の構成も開示されていません。
さらに京葉銀行です。日立製作所は2025年10月、同行との検証結果を発表しました。2025年5月から9月の検証で、同行Webサイトの公開情報に関する質問への正答率が58%から86%に向上したとしています。これは検証環境での結果です。実際の顧客照会は公開情報にない内容を多く含むため、本番でこの精度が出る保証はありません。
カード・決済における金融のAI活用
カード会社は問い合わせ量が大きい領域です。したがって限定運用から広げる進め方が明確に出ています。
三井住友カードとJALカード
三井住友カードとGen-AXは2025年12月3日、AIオペレーターの提供開始を発表しました。同社のコンタクトセンターには月間約50万件を超える問い合わせがあります。
注目したいのが着手範囲です。第1弾の対象は、自社を装った不審な通知に関する問い合わせに限られています。2028年度末までに問い合わせの過半をAIが対応するという目標も掲げられていますが、これは目標であり実績ではありません。
日本航空、ジャルカード、Gen-AXは2026年4月15日、ジャルカードのコンタクトセンターの一部回線に自律型AIオペレーターを導入したと発表しました。本格導入に先立つ事前検証では、AI完結の正答率9割以上を得たとしています。ただし検証の件数・期間・判定基準は公表されていません。
楽天カード──数値の性質が3つに分かれる
さらに楽天カードは2026年4月、チャットサポートへのAI検索システム導入を発表しました。ここは数値の読み分けが必要な例です。
- まず、オペレーターへの問い合わせに占めるチャット利用率が6割超。これは実績です。
- 次に、電話問い合わせ件数がピーク時から約6割減少。実績表記ですが、ピーク時点が非開示です。
- 特に、回答時間が約60秒短縮。これは新しい仕組みに対する見込み値であり、実績ではありません。
保険業界の金融AI活用事例──社内照会と顧客対応を分ける
一方で保険分野では、顧客対応と社内照会を混同しないことが重要です。
損害保険ジャパン──対象は社内照会
損害保険ジャパンは2025年6月、生成AIを使った照会回答支援システム「おしそんLLM」を全国の営業店・本社向けにリリースしました。
ここで確認したいのが対象です。これは代理店や営業店から本社等への社内照会を支援する仕組みです。顧客からの問い合わせではありません。社内ナレッジサイト内の照会は年間67万件とされています。
同社は2024年度に一部拠点で実施したトライアルで、回答可能な照会(全体の約6割相当)について約4割の業務時間削減効果を確認したとしています。つまり40%は全国リリースの理由であって、その結果ではありません。本番稼働後の実績値は公表されていません。
生命保険各社の実装
次に生命保険です。こちらは受付の自動化が中心です。
まず住友生命です。同社の代理店案内サービス室では、2022年5月から7月の時点で入電全体の約10%をボイスボットで完結させていました。受付処理の件数は、オペレーター単独で1人1日あたり約30件です。ボイスボット併用時は約100件に増えていますが、受付分の後処理は人が行っています。
次に東京海上日動あんしん生命です。同社は日本IBMとともに、「お客様の声」の分類・分析モデルを開発しました。対象は年間18,000件で、コールセンターだけでなく会社ホームページや営業店等に寄せられたものも含みます。2段階の実証を経て2025年3月31日に本格導入していますが、削減率などの定量的な効果は公表されていません。
さらに東京海上日動は2026年3月、コンタクトセンターへのAI導入を発表しました。お客様向けの応対時間を最大約30%、年間で約58,000時間削減できると見込んでいます。ただしこれは2024年度の入電件数に基づく試算であり、実績値ではありません。
加えてライフネット生命は2025年11月、コンタクトセンターに対話型AIとAIボイスボットを導入しました。生命保険料控除証明書の再発行が24時間受付になっています。なお定量的な効果は公表されていません。
金融庁はAI活用をどう見ているか
加えて、規制当局の姿勢も押さえておきます。
金融庁はAIディスカッションペーパーを2025年3月に第1.0版、2026年3月に第1.1版として公表しました。2026年7月時点では第1.1版が最新です。
同庁の立場は技術中立性にあります。つまりAIを使っても、既存の法令と監督指針がそのまま適用されるという整理です。AI利用に特化した個別のガイドラインは、第1.1版の時点では確認できません。
金融のAI活用を縛る規制上の制約
さらに金融分野には、他業種にない制約があります。したがって設計の前に確認してください。
| 制約 | 内容 | 設計への影響 |
|---|---|---|
| 適合性原則(金融商品取引法第40条第1号) | 顧客の知識・経験・財産・目的に照らして不適当な勧誘の禁止 | AIが投資助言・勧誘に踏み込めない |
| 保険業法の募集規制(第294条ほか) | 情報提供義務・意向把握義務、募集人の登録制 | 個別商品の説明や推奨に該当性の論点が生じる |
| 犯罪収益移転防止法 | 非対面の本人確認手法。2027年4月1日施行予定の改正で公的個人認証に原則一本化 | 本人確認を伴う手続きをAIに任せる範囲が限られる |
実際に、各社の設計はこの制約に沿っています。大和証券の生成AIチャットは投資相談を対象外と明記しています。またマネックス証券は、回答がAIの自動生成ではなく事前設定情報に基づく設計だと説明しています。三井住友銀行のAIオペレーターも、本人確認不要な一般照会に限定されています。
なお個別の法的判断は、必ず自社の法務および専門家にご確認ください。
まとめ:金融のAI活用は「一部から」が標準
このように公表事例を並べると、共通した進め方が見えてきます。全面導入ではありません。回線を絞る、用件を絞る、本人確認の要らない範囲に絞る、という設計です。
次に数値の性質です。今回整理した中で、測定条件つきの実績と言えるものはごく少数でした。多くは目標値、見込み値、あるいは検証環境の値です。したがって他社の数値をそのまま自社の目標にするのは危険です。
金融分野での導入設計についてご相談があれば、vottiaまでお気軽にお問い合わせください。
執筆:阪口 凛空(vottia株式会社 インターン)。監修:池田 龍矢(vottia株式会社 マーケティング責任者)。vottia株式会社は「maestra」を提供しています。コンタクトセンター向けのAIエージェントプラットフォームです。本記事の数値はすべて各社・各機関の公表値であり、参考リンクに一次ソースを掲載しています。本記事は法的助言ではありません。最終更新:2026年7月27日。
Q. よくある質問
Q1. 金融でAI活用を始めるならどこからですか
本人確認の要らない一般照会からです。公表事例のほとんどがこの範囲から始めています。三井住友銀行のAIオペレーターも、三井住友カードの第1弾も同じ設計でした。用件を絞れば、誤答が起きても影響を限定できます。
本人確認はAIに任せられますか
現時点では慎重な設計が主流です。加えて犯罪収益移転防止法の改正により、2027年4月1日から非対面の本人確認手法が公的個人認証に原則一本化される予定です。したがって本人確認を伴う手続きは、この動きを踏まえて設計してください。
Q3. 他社の数値をそのまま目標にしてよいですか
おすすめしません。今回整理した事例でも、目標値・見込み値・検証環境の値が混在していました。たとえば「応対時間5割削減」や「回答時間60秒短縮」は目標および見込みです。まず自社の現在値を測ることをおすすめします。
参考リンク
- 金融庁:AIディスカッションペーパー(第1.1版、2026年3月3日)
- 日本銀行:金融機関における生成AIの利用状況とリスク管理(2025年9月30日)
- 三菱UFJ銀行:コールセンターDXの加速化(2025年12月16日)
- みずほ銀行:AI-IVRの導入(2026年1月22日)
- 三井住友銀行:SMBC AIオペレーター(2026年2月18日)
- 損害保険ジャパン:生成AI照会回答支援システム(2025年7月1日)
- 東京海上日動:コンタクトセンターへのAI導入(2026年3月4日)
- 楽天カード:チャットサポートへのAI検索システム導入(2026年4月7日)
- 日立製作所:京葉銀行との回答精度検証(2025年10月21日)



